第1章「ロイヤルウェディング」 11話
担当:榎本かほり
「……そうか。報告ご苦労」
リベラトーレは隊員からの報告を受けて一息ついた。
どうやらヴェンツェーヌ王国第一王女の失踪事件は杞憂に終わったようで、先ほどヴィリーゼが自室で寝ているところを兵士が確認したらしい。それならば初めから城の中を探していれば出動せずに済んだのではないか、とも思ったが、上も上で焦っていたのだろう。
リベラトーレは鞘に収まったサーベルをいじりながら部下達に撤退を命じた。
沈みかけた夕日は兵士たちの白皙(はくせき)を赤色に染めあげる。かなり無駄足を踏んでしまったが、一刻も早く王都に戻って婚姻式の手筈を整えなければならない。
「どうだ、姫様の世話は大変だろう隊長さん。だがこれからはもっと大変になるぞ」
帰る支度をしていると、共にヴィリーゼを捜索していたヴェンツェーヌ国の兵士が話しかけてきた。にたにたと悪い笑みを浮かべている。気色が悪いとリベラトーレは思う。
「何が言いたい」
「いやあ、あの姫様は昔からとんだお転婆娘でね、こんなことは日常茶飯事さ。滅多なことがなければ表沙汰にはならないが、だいたいは姫様を探して一日が終わる。もうすぐ姫様がルーシフ王国(そちら)に嫁ぐんだろう? いまのうちに慣れといたほうがいいぜ」
「……」
リベラトーレは返事をする代わりに男を強く睨みつけた。反吐が出た。いつから王国騎士団は子守り集団に成り下がってしまったのだろうか。叙任式で誓った「主人の敵を打つ矛となり、民を守る盾となれ」という言葉をこの騎士は忘れてしまったのだろうか。
憤懣(ふんまん)やるかたない様子で帰途につく最中、道端で遊ぶ少年少女が目に付いた。
貧相な身なりからして、おそらく庶民の出だろう。
彼らが転がしたボールが靴に当たり、リベラトーレはそれをそっと拾って返す。「騎士様ありがとう!」そう言いながら頭を下げる子どもたちに軽く手を振り、去りゆく姿を見送っていると自然と温かい気持ちになる。
どの国でもやはり子どもは無邪気ながらも溌剌としていて、逆境の中でも小さな喜びを探す強さを持っていた。
--そういえば、ヴィリーゼ王女は齢十八であったか。
リベラトーレは思う。
二十にも満たない幼気(いたいけ)な姫君のことだ、もしかしたら彼女もあの子どもたちと同様に年相応な振る舞いをしたいだけなのかもしれない。
眉間に皺を寄せたまま、そう考える彼の頭の中には一つの妙案が思い浮かんでいた。
王宮に戻ればすでに婚姻式の事前会議は終わったようで、貴族や重役たちがぞろぞろと部屋を後にしている。
リベラトーレはそこを掻き分けるようにして、まだ椅子に腰掛けていた男のもとへとそっと歩み寄った。
「おお、これはこれはリベラトーレ卿。この度はご苦労であった」
彼に気づいた男が労(ねぎら)いの言葉をかけてきた。アーベル・ヘルムート・ヴァン=ルーシフ。彼こそがリベラトーレの主君であり、ヴェンツェーヌ王国第一王女を嫁に迎えるルーシフ国王だった。
「陛下。早急に陛下のお耳に入れたい事柄があるのですが」
片膝をついたあと、リベラトーレが静かに切り出す。
彼はサギラン魔法学校の生徒たちのことを話に持ち出した。