メビウスの耽溺

 第1章「ロイヤルウェディング」 3話

担当:幻灯夜城

 
 昼時。
 直視するには眩しい陽射しが、窓より降り注ぐ。しかし、その道にある一本の大樹は枝葉を広げ、真下へと降り注ぐ陽射しを優しく暖かなものへと変えていた。
 質素ではあるが何処か現世とは一線を画した王女の部屋。その中に、空気が違う年季の入った古い机がある。ヴィリーゼ・シュタインベルグ・ヴェンツェーヌこと、ヴェンツェーヌ王国第一後継者は机上に広げたノートに覆いかぶさるように、眠りこけていた。
 陽射しに揺らされて、眠る。
 ノック音。
「ヴィリーゼ様ー?」
 少女の声。無論、返事は無い。続いてノブを捻る音と共に、扉が開かれる。声の主は無防備に寝ている主の姿を見て、溜息を一つついた。
「……仮にも一国の王女が、そんな姿でよろしいのですか?」
 体裁とか、面子とかそういう問題ではなく、要は心構えという話。呆れたような面持ちで近づいて、ゆさゆさ、ゆさゆさとヴィリーゼの肩を揺らす。「起きてくださーい」と何度か揺らしてみるも効果は無い。
「あとごふん」
「起きてください。もう昼を過ぎてますよ~。」
「あとごふん~、どうせならちゅうしょくもってきて、ついでにおとーさまへのほーこく、ついでにれぽーとていしゅつもおねがい~。」
 いやいやするように、メイドの手を払い除けるヴィリーゼ。
 その様子に更に深い溜息をついてみせれば、唐突にヴィリーゼの傍を離れ、寝たふりを決め込む彼女に聞こえるように大声で。

「起きなかったら昼食は抜きにしますので。あー、残念ですねー、ダルボさんが作ってくださった、ラズベリー入りのロールケーキがあるのになー、私一人で全部食べちゃいましょう!」

 がばっ。
 擬音が聞こえる勢いで起きるヴィリーゼ。
「……起きてましたよ? 貴女も意地が悪いですねシオン、そんなお話を聞かされて起きないはずがないでしょう?」
「素直でよろしい。」

 髪をシオンに整えてもらいながら、ヴィリーゼは公務の確認を行っていた。
 ここ最近はロイヤルウェイディングが近いということもあってルーシフ王国との会議が多く入っている。最も、此方の方は国王、つまり父上に任せればいい話。
 問題は、ロイヤルウェイディング絡みの段取り決めや騎士団との顔合わせなのだが……。
「……シオン、何時もの頼み、よろしいですか?」
「聞かなくても分かることだと思いますが、一応聞いておきます。何ですか?」
 それは、毎度の如くヴィリーゼがシオンに頼む願い。
 籠の鳥である少女が、その籠から脱出するための手段。
「――私、この会議出席しません。ですので、後のことはよろしくお願いします。」

 ――キィ、バタン。
 扉が、閉まる。
 手に持っていた鍵で、王女の部屋にシオンが鍵を掛ける。
「全く、毎度のことですが、危ない橋だということを分かっていらっしゃるのでしょうか。」
 とりあえず、この心労はもうしばらくの間は絶える事はないらしい。とりあえずは、自分の務めを果たすべく王室へと向かう。

 それから数分の後。
 王女の部屋の窓から、枯れ草色のワンピースを纏い、金糸の如き髪を一本に束ねた少女が中庭へ、そして外へと飛び出していった。

 

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